渭南エココミュニティー

INAN eco community
<< December 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

レンジャク北上、ツバメ初認

 10時前、家の前の電線にレンジャクが12羽とまった。ヒレンジャクだかキレンジャクだか分からないので双眼鏡を出そうとしているうちに飛び去ってしまった。ずっと南で冬を過ごすらしいレンジャクは、この時期になると通過する姿が見られる。そのすぐ後、田んぼの上を飛び回るツバメを1羽見かけた。いよいよ春である。

ウグイス初音

 きょう昼の国道気温表示は17℃。またまたウソを求めて行った惣川の桜の下では、成虫で越冬したキタテハ、アカタテハ、ルリタテハが飛び交い、モンシロチョウも姿を見せた。チョウ達をカメラにおさめていると、イトトンボの仲間であるオツネン(越年)トンボもレンズで捉えることができた。そんな至福の時間をいっそう引き立ててくれたのはウグイスのさえずりだった。ことし初のウグイスの歌はケキョ、ケキョだったが、どうやらもう1羽は ホー ホケキョと正調である。未熟な声と本格的な歌を聞きながらの虫探しは楽しい。虫狂いの爺さんに楽しみな時期がやって来た。

キクイタダキに逢えない

 きょうも今日とて、キクイタダキを探しに篠山の麓へ。相変わらず逢えないのである。なにしろ生身のキクイタダキには一度お目にかかっただけで、その習性・生態を知らず探す方法も分からないのだから無理もない。図鑑によると国内では本州中部以北で繁殖しているらしいが、ユーラシア大陸に広く分布しているらしいから、遠くから来ている個体ならそろそろ北帰行が始まる。今季も逢えずじまいで終わるかもしれない。ところでこの冬は秋に感じさせられたほど冷え込まない。冬には何度か積雪をみるこの地で、まだ雪は積もったことがない。そのせいか冬鳥達も里に出てこないのだ。いまひとつ探しているウソは、篠山の標高の高いところでは見かけるのに、麓には下りてこない。ルリビタキやシロハラも里山では数が少ない。冬が早いと見越して早々に装着したスタッドレスタイヤはアスファルトにばかり接して磨耗がすすむばかりだ。

久しぶりにアオバト

 もうウソが桜の花芽を食べに来るころだと、連日惣川へ通っている。相変わらず留鳥のヒヨドリ、メジロ、エナガ、冬鳥ではアオジ、ルリビタキが定番だが、きょうは珍しくアオバトの群れがやって来た。惣川で見るのは初めてである。塩分を求めて海水を飲むために海へやって来るというアオバトだから、どこで出合っても不思議ではない。

タゲリ来訪

 午後、通りかかった自宅近くの田んぼにタゲリが2羽来ているのを確認した。ちょうど通りかかったとき、1羽は水たまりで水浴びをしていた。タゲリの水浴びははじめて見たが、なにより毎年は見られないタゲリがやって来てくれたことが嬉しい。先月の鶴と違って、どうか安楽に過ごしてもらいたいものである。

野生のハクチョウ

 一昨日ときのう、出雲から松江をめぐる機会を得た。本来の旅の目的とは別に、ひそかにハクチョウに出会えないかと願っていて、宍道湖や中海では探し続けていた。あきらめかけた帰路、米子東インターへ向う米子市街で、2羽のハクチョウが左前方から右後方へ頭上を飛ぶ姿を確認した。野生のハクチョウを見るのは生涯初体験。思いがけない場所だったからカメラも間に合わず、見ただけだったがそれでも大満足。

またまた鶴について

 きのうの愛媛新聞には松野町にやって来たマナヅルが紹介されていた。すごいアップの写真である。きのうの写真も21日の愛南町での写真でも、鶴はなにをしているだろうか?近寄ってきた人間が気になって、警戒しているとしか見えない。15日のわたしの写真では、鶴たちはこちらを気にしては居ない。もっと遠くで食事していたのに、鶴のほうから近寄ってくるシーンなのである。大型で目立ちやすい鶴たちは、こうして追い立てられていく。26日に再来した広見のナベヅルは、日記を非公開にしていたが今日公開する。15日に載せた写真の田んぼの稲は、1週間もしないうちにトラクターで叩き込まれてしまった。稲の二番穂が残った田んぼはもう少しあるものの、人家や道路との関係で利用しづらい。おそらくはこの田んぼでしか餌はとれないだろうと考え、今朝は暗いうちに米を一升ほど持って行ってやった。昼前に見たときにはまだ気付いてないようだったが、やがて気付いて食べてくれると期待している。この日記から関心をもたれた方も、どうか車を停めたりしないでせめて徐行運転でやり過ごして欲しい。野生たちは人間の目線を最も気にしている。

また鶴がやって来た

 午前9時、この間の鶴はもう帰ってこないだろうとパトロールした広見の田丁。この前飛び立つ寸前まで食事をしていたあの田んぼに、鶴が1羽いるではないか。ナベヅルの成鳥である。この前の2羽のように稲の二番穂を食べている。1羽だけだから、宇和島に来ていた個体かもしれないし、まったく別の場所から飛来してきたのかもしれない。いやいや、この間の2羽のうち、若鳥にアクシデントが起きて、残った成鳥がやっぱりこちらの方が安全だと判断して帰ってきた可能性も考えられなくは無い。さいわいこの鶴に気付く人はいないらしい。夕方日暮れころに行ってみて、遠くから双眼鏡で見ていると、食事をやめてきょろきょろし始めた。塒に向うのだろうとカメラに手を伸ばした時、飛び立った。17時12分だ。「彼は誰」時の乏しい光量の中で手持ちで飛翔を撮影したが、仕上がりはおそらくシルエットだけであろう。地上からねらっているレンズに気付いているはずだから、数個までやめて車を移動させる。2分ほど上空を旋回して少し移動したが、塒をほぼ決定した風に感じられた。今度の個体には、安心して過ごしてもらいたい。なお、昼前には旧中村市でマナヅルの成鳥2羽が田んぼに降りている姿も記録した。

鶴は追い立てられた?

 きのうの愛媛新聞に、ついに広見に来ているナベヅルが掲載された。すでに撮影を済ませていた記者さんから問い合わせがあったので、地名を伏せることや、できれば飛去するまで掲載を見合わせてもらえないかとお願いした。詳細な場所こそ秘められたが、ニュース性を損なうからだろう掲載は押し切られた。新聞社の記者さんとテレビ局の記者さん2人が現地に居るのを見たのは20日の午後。そして昨日の朝から鶴の姿が消えた。探し続けていると、ひょっとどこかに居るかもしれない鶴にプレッシャーを与えるからと、きのうは一巡で終えた。今朝も見えないから、きょうは広見の田丁をくまなく探した。さらに愛南町内の田丁という田丁をすべて廻ってみた。どこにも見当たらない。飛び去った原因は、断定こそ出来ないもののおそらく取材が嫌われたものと考えられる。新聞記事では「決して近寄らないで」とも書いてくれていたが、撮影そのものが鶴に嫌われたのであろう。野生動物たちはヒトを天敵以上に嫌う。人間を恐れるあまり人気を避ける鷹類から逃れるためにヒトの居住区で生活するツバメやスズメでさえ、ヒトには一切馴染まない。人が嫌われるのは、自然から収奪するヒトと野生の長い歴史が育んだ、野生たちの文化なのである。

久しぶりに鶴が来た

 午前中に知り合いから電話で、広見の田丁に2羽降りているのは鶴ではないか?と連絡が入った。行ってみるとなるほど、ナベヅルの成鳥と若鳥が1羽ずつ稲の二番穂を食べている。どうやら親子でやって来たらしい。広見で鶴を見るのは数年ぶりだ。その昔広見の田丁には、鶴が来るという意味の「鶴居」がたくさんあった。わたしが覚えている名前だけでも大鶴居、樫鶴居、椎ノ木鶴居、梅ノ木鶴居、柿鶴居と五つもある。そんな鶴居も今に残るのは樫鶴居ひとつになり、稲刈り後には除草剤散布で餌になる稲の二番穂はほとんどが無くなってしまう。追い討ちをかけるようにコスモスを植える田んぼが増えて、鶴たちには縁がなくなってしまった。この2羽も長くて数日、おそらくは今日一日でどこかへ移動しなければならない。


管理者ページ