渭南エココミュニティー

INAN eco community
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ワタムシは家の周りにも居た

 今月はじめに書いたワタムシを求めて、連日惣川へ通っている。ところが今日、風のない午後に家の周りのイヌマキとチャノキの生垣と、キンカンとユズの周りを飛び回るワタムシに気付いた。どうやら自宅にいながらにして写真が撮れそうなのだ。しょせんワタムシとは、どこにでも居るアブラムシに翅と綿毛がはえた姿らしいから至極当たり前の話なのである。この年になるまで気付かなかった恥を、あえて晒すことになってしまったらしい。

ムラサキツバメ

 シジミチョウの仲間では比較的大型のムラサキシジミが、3-4日前からしきりに玄関付近に集まってきている。玄関を開けると常に3頭が飛び逃げていたが、そのうちの2頭はついにアルミサッシにつかまって動かなくなってしまった。成虫で冬越しするというムラサキシジミだから、2℃まで下がった今朝の寒さから越冬場所に決めたのかもしれない。ふつうはシイの葉表などで集団で越冬すると、図鑑には書いてあるから、この場所は仮住まいなのだろうか?

ワタムシ

 11月に撮影した写真の整理の中で、ブドウを害するという小さな蛾「ブドウトリバ」という蛾を知った。この蛾をネットで調べている時、一昨年11月末に撮影した「小さな白いハエ」と思い込んでいた虫に行き当たった。当時の写真を拡大してよく見てみると、背中の白い毛だと思っていたのは実は綿のように柔らかく細いものであった。木に白い綿につつまれて寄生しているアブラムシの仲間らしい。どうやらこの時期に交尾のため飛翔するらしいから、また惣川を訪ねてみたら幸運にも1個体に出会った。飛ぶ姿をカメラで追いかけたが、なにしろ小さい。ピントは合わせられないし、アップの姿は望むべくも無い。20分ほど追いかけて、ついに見失ってしまった。こんな虫がいることを初めて知った爺さんは、性懲りもなくまた追っかけを続ける。

鳴く虫の声が判らない

 やがて霜が降りる頃を迎えるからそろそろ終わりなのだが、秋に付きものの虫の声が判らない。年をとって耳が悪くなったのも理由のひとつだが、若い頃に杭打ち機の下でリバウンドを計測して、杭打ち機の騒音で耳がやられたのが大きい。先月も鷹の渡りを観察していた折、「カンタンが鳴いている」と言われて耳を澄ませてみたがいっこうに聞き取れない。ルルルルルルというトレモロで夢見るような幽玄な感じだといい、周波数はそれ程高くないらしいから、これが聞き取れない耳はまったくツンボのようなものだろう。家の周りや畑にいくらでも居るエンマコオロギは、コロコロコロ、コロ、コロ、コロと鳴くのだそうだが、これも聞いていない。ただ気温が下がってくるとコロコロリーリーリーとも歌うらしいが、わたしはリーリーリーしか聞いていない。ところが何処にでも居そうなミツカドコオロギがリー・リー・リーと鳴くそうだから、ミツカドコオロギを聞き間違えている可能性もある。わたしに唯一聞き取れるのはマツムシの「チッ・チッ・チリリ」だけである。ところがこのマツムシ、色が枯れ葉色で見つけるのが難しい。声は毎日聞いているのに、まだお眼にかかっていない。この2カ月枕元において夜毎読んでいる松浦一郎著「鳴く虫雑記」からは虫を聞く楽しさが押し寄せてくるのに、片輪者のわたしはあやかれない。

綺麗なモデル生かしておけない

 なかなか良い写真を撮らせてくれない綺麗なモデル。出会うたびにレンズを向ける彼女だが、今回に限ってわたしに歯向かってきた。敵とあらば生かしておけない。可愛い仕草ながらわたしをそんな気持ちにさせたのは、テントウムシである。先月まいた野沢菜は双葉の頃に全滅した。そして今日、食べられないでほんの少し残った高菜の葉を食っているテントウムシを見つけた。野沢菜も高菜も、どちらも漬物にして晩酌の肴にするつもりだったのに、やられてしまった。このテントウムシ、どれだけ種類があって、この地方に何種類生息しているのかも知らないから、見かけたらカメラで追いかけてきた。だから殺すなどと、そんな惨い気持ちになったことは一度もなかった。だが今日ばかりはちがって、なんのためらいも無く指でひねりつぶしてしまった。農家が殺虫剤をつかう気持ちがわかった瞬間だった。

愛南町でリュウキュウアサギマダラ情報

 八幡浜のMさんから、愛南町内でリュウキュウアサギマダラかヒメアサギマダラらしい蝶を目視したと連絡をもらったから気をつけていてくれとメールがはいった。町内大浜に磯釣りに来た蝶に詳しい人が、ヒヨドリバナで吸蜜していた姿を見かけたのだという。どちらの蝶も南方系で四国ではまだ確認されていないらしいが、数年前の秋に南方系のリュウキュウムラサキを確認しているから、台風時期の今頃にはありえる話だ。先日書いたグンカンドリも台風に流されてやって来ていたのだろうから尚更である。さっそく一昨日から海岸線巡りがはじまった。きょうも雨が降り始めるまでうろつき回る覚悟だ。

カヤネズミにあっぱれ

 この日記に何度か書いたカヤネズミ。わたしのわずか二畝ほどしかない休耕田のチガヤの中でかろうじて生き延びている。チガヤの更新と雑草処理は折にふれてやっているつもりだが、セイタカアワダチソウが伸びてきたので、先日から引き抜き作業を開始した。刈り取ったのでは、残った根からどんどん出てくるから、少しでも根を除いてやりたいのだ。セイタカアワダチソウは自分の勢力範囲に他種が侵入してこないよう、化学物質でバリアを張っている。放っておいたらセイタカアワダチソウだらけになって、やがてはその毒で自家中毒を起こして自滅してしまう。だが、その前にチガヤが全滅してカヤネズミの巣材が無くなってしまう。完全に抜き去ることは無理だから、毎年毎年同じ作業を続けなければならない。そんな辛抱強い作業の中でたくさんのカヤネズミの巣を今回見つけた。そのうちには、つい最近作ったばかりと思える、まだ青味を残したチガヤの巣もあった。両の掌で隠れるくらいしかないが、10円玉にも満たない丸い出入り口に比べるとけっこう大きく見える。人間と違ってほんの数種類の資源で生を全うし、バイオスフィアの循環を支えているこの小さな生き物に、「あっぱれ」と声援を送りたい。

カワウソカメラからぶり

 1日遅れだが、カワウソカメラのきのうの様子を記録しておく。一番に気にかかるのはテグスの張りである。なにかが喰っていれば糸はぴんと張っているはずだ。糸は張り切っている。これがウナギだったら万々歳だ。テグスの先端がもぐりこんでいる転石を動かして引きあげてみたら、針に刺したタコにはカニのハサミの痕が多数残っていた。おそらくモクズガニの仕業だろう。ウナギがあまり好まない餌を選定したのかもしれないし、なにしろウナギ自体の数が激減しているのだ。子どもの頃はカニが居る穴と、ウナギが居る穴の前の砂の様子で一目でどちらか判断できていたのに、今の私からはそんな能力も消えうせている。あたらしい餌を選ぶことも出来ないし、そのまま元に戻して帰ってきたが、一雨くればミミズを調達して再挑戦してみたい。だが、カワウソが居れば残るはずの水中の泥の変化や、陸上のさまざまな痕跡は皆無なのだから、無駄骨に終わるのだろう。

カワウソカメラ設置

 ウナギの餌をネットで調べてみたら、ウナギは悪食だから何でも食べると色々な名前が挙がっている。でもその中で、ミミズがやっぱり一番らしい。昼飯を食べながら家内と話しているうちに、針はずれしにくいタコの切り身を選定した。山の夕暮れを待ってさっそく仕掛けに行く。釣り糸にゆとりがあり過ぎると、陸上に上がって食事するカワウソがファインダーから外れる恐れがあるから、針に掛かったウナギをカメラの前の礫浜までしか移動できないようにテグスの長さは調整した。けっこう時間をかけて設定したのだが、なによりもうカワウソは生存していないだろう。そんな気持ちだから、もう一台残っているセンサーカメラの出番はこない。

またしてもカワウソを

 樫鶴居に設置したセンサーカメラは数コマ上がっているらしいが、液晶が壊れかけていてはっきりしない。だが、イノシシらしい動物はあれ以来行動した気配がみられない。そこでセンサーカメラを見込みのほとんどないカワウソにむけることを思いついた。20数年前丑の日のウナギを釣るため夜づけ(まったくの地方名)をした時、餌がとられた針が陸上に上がっていた。その時はカワウソの習性を知らないばかりに、だれか人間がウナギを持ち去ったと判断したが、盗人なら針を水中に戻すのが当たり前だろう。カワウソの仕業と考えるのが自然だと思うようになっていた。そこでカメラを設置するのならカワウソの囮餌も備えておいたほうが良さそうだと思い立った。つまり再度「夜づけ」をしてみようという訳。午前中から現地を踏査し、各種の準備ができていざ餌のミミズを掘ろうとしたが、このところの乾燥でミミズに出会えない。昔ならウナギの餌になるキビナゴやイワシなどの小魚が台所にあったものだが、冷蔵庫をあけても適当なものが見つからない。今夜はこれからネットでウナギの餌を探して、明日の夕方までにはなんとかしてみたい。だが、カワウソが居るという感触はどこにもない。もしかして生存しているのならという、かすかな期待だけである。


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