渭南エココミュニティー

INAN eco community
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原発再稼動判断を立地自治体に?

 きょうの愛媛新聞によると、自民党の資源・エネルギー戦略調査会の山本拓会長が、規制委員会が安全を確認した原発の再稼動の可否は、立地自治体の首長が決めるという私案を提案したという。会では反発が強すぎてこの案は没になったらしいが、目先の金が欲しいばかりに周囲の迷惑も顧みることなく原発を引っ張ってきた自治体に判断を委ねたらどうなるのか。原発が動くことで金を儲けたい地元が、やすやすと再稼動を求めるのは目に見えているではないか。山本拓とはどんな政治家なのかネットで検索してみたら、案の定、原発が林立する福井県選出であった。さらに、これまでにも何度か問題行動を起こしているとも。地下式原発を推進するなど、原発推進派の人間であり、地元の経済的メリットしか頭にないように見受けられる。危険で未成熟な原子力技術。そんな技術が、こんな浅はかな人間によって現実に動かされてるのだと、現代文化を恐ろしく受けとめた一日だった。

原発無くても電力は足りる

 桜も終わって、もうすぐ夏の電力不足が話題になりはじめそうだ。そんな中、原発が無くても実は電力は足りていると説明する冊子が発行されていると、化学物質問題市民研究会からのメールで知った。
タイトルは NO NUKES MAGAZIN である。テーマは下記の5つ。多くの人に真実を知って欲しい。

1.いま日本で動いている原発の数は?
2.原発がなくなると停電するって本当?
3.原発は安価なエネルギー?
4.原子力の代わりになるエネルギーは?
5.放射能汚染の現状は?
6.なぜ「即時廃止」を主張するのか。

原賠法の見直しを

 安倍総理はきのう、施政方針演説で「安全が確認された原発は再稼動する」と経済界の意向に沿って、原発再開に積極的な姿勢を明確にした。思考の根っこは「エネルギーの安定供給とコスト低減」にあるらしい。「国民の命と生活」に関わる「安全性」については「規制庁」に委ねるつもりらしい。その規制庁の不健全性については、いやになるほど報道されてきた。規制庁についてはここでは書かない。そもそも原子力業界が「シビアアクシデントは考慮する必要がない」としてきた根本原因は、重大事故のときには国が援助すると定めた「原子力損害賠償法」にあるのだと推測している。原発で大災害が起きれば国が賠償するのだから、原電業界は痛く痒くもない。だったらその事故の原因は業者には無く、不可抗力の自然災害だったと言い逃れる努力だけし続けてきたのだと。このことはあらゆる局面での情報隠蔽や国会事故調に対する虚偽報告などからも想像できる。原子力損害賠償法による国庫支出金は家を追われ、土地を追われ、コミュニティーを追われた被害者の税金でもある。さらに広く拡散した放射能に汚染された農水産物(国は安全だと出まかせを言っているが)を口にする全国民の税金でもある。事故後2年になろうとしても誰も言わないが、原子力損害賠償法の見直しこそが大前提ではないのだろうか。

なんでもない1mシーベルト

 昨年11月23日に東京大学で行われたシンポジウムで、衝撃的な事実が語られていることを知った。北海道がんセンター西尾院長によると、2011年7月から3ヶ月間に、福島県内で妊婦を含む子ども36,767人を、積算放射線量を測定するガラス線量計で測定したところ、実に50%が1mシーベルトを超えていたのだそうである。フクシマ事故前の職業被ばくは、1mSvを超える割合は5.5%で、測定した224,025人の平均被ばく線量は0.21mSvだという。危険な原発関連施設で働いている職業人の9倍もの割合で一般市民が強度の被ばくを受けていることになる。いつの間にか引きあげられて20mSvとされた一般公衆の年間被ばく限度は、事故前までは1mSvだったと記憶している。事故前だったら大事件だが、数値をいじくって「なんでもない」としてしまっている。この数値には但し書きが付く。測定したガラス線量計では内部被ばくは測定できないというから、未だに消滅しない核種の外部被ばくだけの数値である。おそろしい国で生きているのだと再認識。

「心の除染」と銘打った洗脳

 化学物質問題市民研究会のニュースレター ピコ通信171号から抜粋。
▼福島で今やられようとしている「エートス」は、放射能で汚染された福島で生活し続けるための放射線防護の文化(!)を住民自らの手でつくり出すという、一見善意に満ちたプロジェクトのように見える。しかし、10 年前にチェルノブイリで実施された“お手本”は、そんなものとはまったく違うものだということを示している。▼福島での実施団体は「福島のエートス」(代表は安東量子)、「たむらと子どもたちの未来を考える会」(半谷輝己)、そして、「福島ステークホルダー調整協議会」のようだ。同会の代表は何とあの安井至氏。農薬擁護の松永和紀氏、ICRP 委員である丹羽太貫・京大名誉教授もメンバー。同会は「家族のリスクマネジメント勉強会」も開催している。この勉強会は半谷輝己氏を講師とし、放射線の健康影響について全国で開催。支部が東北関東8 県、愛知・京都にある。この半谷氏は「おじいちゃんが釣ってきたアユが2万ベクレル!さぁ!1kg アユ食うか!ふきのとう1kg たべるか!はい、そういう事で、実は食べ物に関して言えば、ハーイ!結論が出ました。何を食べてもだいじょうぶ!」などと講演して周っている、福島エートスの伝道師ならぬ”洗脳師”のようだ。▼同会は、今年8 月に大阪府茨木市の小学5年6年生を福島へ連れて行って、桃の食べ放題をしたり、除染プラザを見学するというピーチプロジェクトを企画したが、ネットで知った人たちから非難が殺到して、中止になった。また、同じく8 月に「心の汚染国際シンポジウムin 福島」を開催予定となっていたが、開催したのかどうか分からない。事業目標には「多くの県民(国民)が放射能知識をより正確に共有し、不安の解消を目指しながら、「心の除染」を目指していきたい」とある。心の除染とは、放射能に対する不安を取り除くということ、つまり洗脳を意味するのではないだろうか。恐ろしい団体だ。

放射線モニタリングポストの値が小さく表示されている

 東電の福島原発事故以降設置されている放射線モニタリングポストの測定値が、実際より低く表示されていると、内部被曝問題研究会(略称:内部被曝問題研)汚染・環境実態調査・検討部会モニタリングポスト検証チームが発表したと、「化学物質問題市民研究会」のメールニュースで知った。
 「モニタリングポスト」や「リアルタイム線量測定システム」設置に関して、文科省が業者との契約解除を行ったことが報じられた(朝日新聞:2011 年11 月19 日朝刊)。その背後には、文科省により、放射能測定計器の指示値を低く表示させるように業者に対して指示し、圧力を掛けていたことなどが噂された。
 検証チームはモニタリングポストの実態を解明すべく、系統的・網羅的な測定をしてきた。
手持ちの測定器をモニタリングポストの検出器に可能な限り接近させて、モニタリングポストと同一の場所で測定。手持ち測定器に対して、モニタリングポスト値が何パーセントの値かを示すと、平均値は直線的に変化している。平均直線は全て100%未満で、90%から65%までの範囲であり、これはモニタリングポストの値は全て低い表示であったということを意味する。このモニタリングポスト値が直線的に低く表示される原因は、二つ考えられる。一つは、モニタリングポストが小さな値を示すように調整されていること。そして、それは0.9 倍であることが分かった。二つ目は、モニタリングポストには遮蔽効果が働いていること。この遮蔽効果は、モニタリングポスト内部の部品等による遮蔽であること。
 モニタリングポストの周辺は、ごく少数の例外を除いて5m〜10m の規模で除染されていた。
くわしくは モニタリングポスト検証チームURL を。
http://acsir.org/info.php?24

発電の実際のコスト

 岩波書店の月刊「科学」で、発電の実際のコスト(1970年〜2010年平均)をみつけた。それによると
原子力 10.25円/kwh
火 力   9.91円/kwh
水 力   7.19円/kwh
とある。
これまで国民の眼に触れることのなかった数字である。
同名の本が岩波書店から発刊されているとも。

規制の虜

 東電福島原発の国会事故調報告に関して、化学物質問題市民研究会の「ピコ通信」から。
 以下は、7月5日に発表された東電福島原発『国会事故調』による報告書の“はじめ”の部分で述べられている一節です。
 “福島原発事故は終っていない。(中略)想定できたはずの事故がなぜ起こったのか。その根本的な原因は、日本が高度経済成長を遂げたころにまで遡る。政界、官界、財界が一体となり、国策として共通の目標に向かって進む中、複雑に絡まった「規制の虜(編集注)」が生まれた。そこには、ほぼ50 年にわたる一党支配と、新卒一括採用、年功序列、終身雇用といった官と財の際立った組織構造と、それを当然と考える日本人の「思いこみ(マインドセット)」があった。
 経済成長に伴い、「自信」は次第に「おごり、慢心」に変わり始めた。入社や入省年次で上り詰める「単線路線のエリート」たちにとって、前例を踏襲すること、組織の利益を守ることは、重要な使命となった。この使命は、国民の命を守ることよりも優先され、世界の安全に対する動向を知りながらも、それらに目を向けず安全対策は先送りされた。・・・”
編集注:規制の虜(regulatory capture)
規制機関が被規制側の勢力に実質的に支配されてしまい、規制機関の許認可が、被規制側にお墨付きを与えるだけの意味しか持たなくなる状態を指す。役人が電力会社から接待を受けてヘナヘナになることを「感電」すると言うとのこと。

原発継続でも電気代は上がる

 きょうの愛媛新聞トップの見出しは、30年原発ゼロ政府試算 再生エネ投資50兆円 家庭光熱費は倍増 である。電気代を含む家庭の光熱費がほぼ2倍になるとの報道に市民は驚いたはずだ。これをまやかしだと言う根拠は持ち合わせていないし、嘘だと言う気もさらさら無い。しかしこのまま原発を続けていれば、使用済み燃料や交換して不要になった核廃棄物の処理、さらには廃炉の費用は今のところ電気代に転化されていないが、将来「今まで安い電気代で努力してきましたが、処理費用の負担をお願いします」と国民一人ひとりの負担にされることは分かりきっている。そんな原発継続による負担増を隠したまま、原発をやめたら負担が増えると善良な国民を騙そうとしているとしかみえない。多くの国民、中でも「お人好しの国民」はすぐにこの言葉を鵜呑みにする。自分の田んぼに水を引くことしか頭にない「ムラ」の言葉に惑わされてはならない。フクシマの事故による国民負担増を決して忘れてはならない。

ムラが言わない「放射線の危険性」

 放射線の危険性について、ムラの人々が仰るのとは真反対の文章が手にはいったから、記録しておく。「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」の総会記念講演での井上達先生の講演の要約である。その一つ
 放射線の危険性は化学物質とは異なり、「許容量」ではなく「恕限度」である
放射線のもつエネルギーは、衝突した核酸など生体高分子や細胞内小器官などを手当たり次第、瞬時に破壊してしまう。修復はおこなわれても破壊された核酸や塩基の修復には必ずといってよいほどエラーが起こり、細胞内小器官が変質してしまい、完全には元に戻らない。放射線には無視ないし許容できる量というものはない。


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