渭南エココミュニティー

INAN eco community
<< July 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

本当の英知に目覚めよ

 「えひめ環境大学」で、生物多様性とは人類の存続と経済にとって欠くことのできないことだと学んだ。与えられた資料「生物多様性ってなに?」の後扉に書かれていた文章を記録しておく。
【人間は誰しもが豊かな生活を望む。だからこそ、文明を発展させ、経済を発展させてきた。そして、発展の裏で、多くの自然と生物を犠牲にしてきた。しかし、人間の経済発展を成功させ、維持するための土台は地球環境であり、それを支えているのは、多くの生物種である。人間は自らの幸福と発展のためにも、生物と共生して生きていかなくてはならない。今こそ、個人レベル、国家レベル、そして地球レベルで、これまでの消費型経済活動から、持続利用型の経済活動へとパラダイムの変換が求められる。人間は、その英知で、様々な資源を開発し、技術革新して、ここまで発展してきた。これだけの英知があれば、生き方を工夫することで、人間はきっと生物と共生できるはずだ。】
この文章にあるように、人類が本当の英知に目覚めればば、わたしが言っている「自滅へ向う文化」は消し飛んでしまうはずだ。

求められる効率

 1日に再起動した大飯原発3号機が、大量のクラゲが参集したため冷却水が順調に取り込めず出力を落とさざるを得ないとテレビはやっていた。大飯の温排水排出口と冷却水取水口との位置関係をわたしは知らない。だが、巨大な湯沸し施設である原発にクラゲが寄って来るのはごく自然な成り行きだろう。エネルギーを考えるとき、作り出した熱の1/3程度が電気になるだけで、あとは環境中に捨てられているという、効率が好きなはずの現代人の落とし穴のように感じる。この低効率好きが表れているひとつに肉食がある。記憶が確かでないから数字は挙げないが、1kgつくるためにその何倍もの穀物と水を与えた牛肉が好かれているのは周知のことである。「肉を食わずに穀物を食べれば食糧難は来ない」と説教する人間も居なくなった。「肉を食わずに虫を食え」と言っていた賢者は絶滅した。冷えたビールを飲むために冷蔵庫を開けるわたしに、こんなことを言う資格はないはずなのだが。

自滅へ向う文化

 NHKテレビは昨日、BSアーカイブスで「チッソ告発」を再放送した。チッソ水俣工場の元幹部は「工場が原因者でありたくなかった」みたいに、元官僚は「死人が出ているが(操業を)止めるとは言えなかった」風に語っていた。再放送が終わって解説した中国名の東大教授は「(経済)成長だけが求められていた」(勿論こんな短い言葉ではないが)みたいに総括した。番組が終わってもしっくりこないのである。もやもやしたままなのである。シナプスのつながりの悪いわたしは、ようやく今日になって頭の整理ができた。再放送のあと、先日亡くなられた原田正純先生が「あれは公害ではなく、犯罪だ」と言っていたではないか。犯罪を犯罪ではない何かにしてしまう世の中にこそ問題があるのだと立腹していたことにようやく気付いた。だが、このことは現代社会だけの問題だろうか。武家社会の頃にはすでにそうだったし、律令国家でも、いやもっと古く古代国家、日本のあけぼのの頃から引きずっている文化なのかもしれない。50年前に「母なる海」を汚しても反省せず、再度原発の放射能で「生きていくために欠かせない山、川、海」を穢してもまた反省しない本性は、別に日本人に限られることではない。唐突だが、ヒト科ヒト属ヒトとは「進歩発展」をテーマに進化した故に自滅の道を歩むのだと考えている。移動をテーマに進化した鳥は、飛ぶために究極まで身体を軽くする必要から「歯」すら排除してしまった。それぞれの種に進化のテーマがあり、超未熟児で出産しなければ産道さえ通り抜けられないほど脳を肥大化させて、あたらしい知識や技術を求め続けたヒト科ヒト属ヒトは、バイオスフィアの仲間だけでなく自らをも滅びヘ導く生き物だと考えている。このページのカテゴリに「自滅へ向う文化」を設けた趣旨はそこにある。そして現代の我々はすべてが、この「自滅へ向う文化」の成り行きを日々眼にしているのだと言えそうだ。

国の隠蔽体質

 核燃サイクル政策の見直しに関して内閣府原子力委員会が、反対・慎重派を排除した推進派だけの秘密会を開いて、再処理事業に有利になるよう一部を書き換えていた問題が、一昨日と昨日の毎日新聞のトップを飾った。今月上旬に書いた新大綱策定会議における「やらせ」に続く悪質な隠蔽の力学が見え隠れする。水俣病に関して半世紀前の1959年11月12日、厚生省食品衛生調査会水俣食中毒部会が有機水銀説を確認する答申を厚生大臣に提出した。この答申に先立って通産省は、東京工業大学某教授の有毒アミン説を流布し、工業局長は各省連絡会議で非水銀説を強調して閣議で葬り去る根回しをしていた。時の通産大臣池田勇人は「原因を有機水銀と特定するのは時期尚早」と発言して閣議は了解した。なお、同部会は答申した日に即日解散させられ、チッソのアセトアルデヒド製造設備の止まる1968年まで有機水銀は垂れ流されることとなる。チッソが有機水銀を排出する必要がなくなるのを待って、政府はようやく「水俣病についての正式見解」を発表する。同じ体質が半世紀以上も続いてる。

快適さは何ものにも替えられない

 テレビは「新ipad」発売と「ユニクロ銀座店」オープンの話題でもちきりである。言い換えるなら、快適さの絶賛である。人々はローマクラブの「成長の限界」を忘れてしまったのだろうか。1972年、メドウズらが発表した「人類はこのままでは地球の限界を超えてしまうだろう」とした予測は、大々的に報じられた。さらに20年後には「もう限界は超えてしまった」とする「限界を超えて」も発表され、同じように報道された。資源とエネルギーを湯水の如く浪費するヒトの性根は、かわることはないのだろうか。わたしは心配する。「個体に死が訪れるように、種もまた滅びる」のであるから、ヒト科ヒト属ヒトという種が滅びるのは避けられない未来である。しかしその未来は自然の中では100万年後程度にしか考えられない未来であろう。その未来を、自らの手で手前に引き寄せようとしている行動に気付き変えていこうとする、意識の進化はおきるのだろうか?

フクシマ一年目に賢治の言葉を

 フクシマから1年の今日、事故の原因者たる「原子力ムラ」の面々にかみ締めてもらいたく、宮澤賢治の言葉をおくる。
【われわれはどんな方法でわれわれに必要な科学をわれわれのものにできるか】

わたしが原発を批判する理由

 わたしが原発を批判し続けている理由を明かしておく必要があるだろう。科学技術的に未熟であることや、放射能の恐ろしさは勿論ある。だが一番心配しているのは、原発に関係する人間のありようなのである。現代科学技術は十分に発展していると信じているムラの人々、目先の小金が欲しいばかりにやすやすと受け入れる立地側。「ムラ」のほうも金が欲しいから不十分な対応で国民を誑かす。地球・自然に対する姿勢にも傲慢さがうかがえる。慈母の時ばかりではなく、厳父の顔をみせる自然。山折哲雄が言う「自然に対して頭を垂れる、日本人の自然観」が欠如していること。日本人の自然観といえば、寺田虎彦が同名の書物に記した「天然の無常」を忘れ去っていること、などもある。なによりヒトも自然であるということを置き去りにしていること。「想定外」でことは済まされない。想定すべきを想定しない文化にこそ、腹立たしさを覚えている。

人口減少に思う

 国による将来人口推計が発表され、50年後には4000万人以上も減少するとテレビはどのチャンネルももちきりである。主題は「経済」と「年金」である。しかし4000万人減っても、戦前の7000万人台の人口より多い。12人もの子どもを産んだ母方の祖母夫婦は、天皇陛下から額を賜っていた。個人的な受けとめ方だが、兵士と労働力を作って海外侵略に貢献してくれることへの褒美だと思っている。そこまでして増えた人口。その人口に基づいて設計した「年金」。世界を牛耳りたい「経済」。一方で人類を養ってくれる地球はキャパシーを越えようとしている。増えた人口だけでなく、生活が贅沢になって、一人ひとりの人間が収奪する地球資源も増加の一途である。人口が減ることは良いことだという見方はできないのだろうか?人間が活動するための手段の一つにしか過ぎないはずの「経済」が、生きていくための必須の財産である「地球資源」より重要視されているようで、納得いかない。

ヒトの先行きに関心を

 きょうの「カワウソ自然教室」では、カワウソが絶滅に瀕している原因が主なテーマとなった。でも参加者は少ない。生命としてのヒトがヤバクなっていると感じてる人が少ないのが理由だろう。ヒト科ヒト属ヒトという種の先行きに危機感を持ってほしい。カワウソが絶滅の先例を示してくれているのだから。進歩・発展と経済的豊かさという媚薬の恐ろしさに気付こう。

国土は資源を加工する工場

  年のせいか、それとも除草剤グリホサートのせいか、すっかり物覚えの悪くなったわたしは「複合汚染」をまた読み返している。だが、繋がらなくなったわたしのシナプスでも、有吉さんの次の一文は忘れることができない。
 あれは何年前の話だったろう。カナダの国会で、「どうして日本に原料を輸出し、化学製品を買い上げるような無駄な手間をかけるのか。日本だけ儲けさせているようなものではないか」という非難を浴びせられた時、トルドー首相は悠然と答えた。「それは、我が国に公害をもたらしたくないからであります」。このブラックユーモアは、悲しいことに実話であって、私のフィクションではない。
 小学校高学年の社会科の時間に、教師から「資源のない日本は外国から資源を輸入し、加工して輸出して儲けるしかないのだ」と教わったことが頭から離れていないから、特別に思い入れの激しい言葉になってしまっている。有吉さんは次のようにも書いている。
 ここに昭和39年東京オリンピックの時、日本へ来た各国選手の毛髪をとって、水銀含有量を調査した結果があるので、よく見て頂きたい。
西ドイツ  0.10ppm
イギリス  1.50ppm
アメリカ    2.57ppm
日本     6.50ppm
頭髪に関して言えば、日本人は西ドイツ人の65倍の水銀を含有しているのである。
文章はさらに続き、昭和30年代に田畑1hrに投じた水銀農薬は日本は730g、2位のアメリカは25gで、「愛するアメリカの30倍、尊敬するイギリスの120倍」と表現している。
 平成の今、水銀農薬は使われていないのだろうが、繊維製品はじめ身の回りにあふれている。「水俣」の名で世界を震撼させた亡国の化学物質は「汗臭さ」を嫌う人々からは、過去の暗い記憶から離れて歓迎されているのである。経済成長のために国土を汚してもいいとする考えと、過去の記憶を忘れることも、自らの首を絞めることだと思いたい。

管理者ページ